先日、中高生演劇ワークショップの成果発表公演があって、今年の活動の締めくくりのようなものになった。今までよりも、中高生と密に芝居を作っていたからか、終わるのが寂しい。もう会えない子もいる。さよならばかりしている。
昔とても好きだった魚喃キリコさんがもうお亡くなりになっていたと聞いた。亡くなって1年経つという。悲しい。鬱屈とした漫画を描いてその空気がとても好きだった。酒ばかり飲むようになったのも、ハルチンとその終わりにあるナナナンを読んだからといっても過言ではない。
実の姉が入院して大きな手術をしたそうだ。
なんだか今月はあまり調子が良くない。気分が上がらない。そんな自分でそのまんま過ごすしかないな。
一人一人とても懸命に生きている。
故郷の八戸で大地震があった。母親にLINEしたら、花瓶などが落ちて割れたけど、大丈夫だから心配しないでとのこと。
体は無事かもしれないが、不安とかショックとかそういうのがあるだろうから、無事とは言えないのかもしれない。花瓶は、花がいけてあったのだろうか。花で心をあたたかくしていたのかもしれない。けど、花が無くなってそんなこともかなわない。
自分の中で、寄り添いたいという思いが出てきたけど、遠いところにいるから気軽に行けない。揺れていない福井で特に変わらない毎日を送っている。
なんで自分は福井にいるんだろう。そんなことまで思ってしまう。自分を育んだ人、土、風。そこではない場所で、何事もない時間を過ごす自分に、少し腹が立つ。
数年前まで、毎年2月になると精神面で不調をきたしていた。理由はわからないけど、鬱屈として、笑顔が消える。何をしても楽しくなくて、酒ばかり飲んで、自己嫌悪が強くなる。それが常だったのが、ここ数年はそれが無くなった。それはそれで理由はわからないが、過去の自分を振り返ると多分、ここ数年の社会参加の増加が理由として大きいんじゃないだろうかと思っている。
自分の過去を知る人は、自分がどうしようもない人間であったことを知っている。今でもどうしようもない人であるかもしれないが、その時は、若かったし世間知らずで、子どものような思考だった。世界が自分を孤独にさせて、誰も自分のことを見てくれない。どうにかして自分を見てもらいたくて、異常な自我を他人に押し付けていた。そして自分の周りから人が消えていった。
自分は大したことがない人間なのだと、これでもかというくらい思い知った後に、たくさんのやさしい人々に出会って、少しはやさしくなれた。やさしくしないと、誰も見てくれないのだなとわかった。いつしか、自分の孤独は消えていった。
そうして、福井に来て演劇を始めて、さよならキャンプを始めて、地域、学校、福祉施設、様々な団体や個人からお声がかかって、社会参加が多くなった。小学校に行ってお礼の手紙に「来てくれてありがとう」という内容が書かれてあって、自分が何のために生きているかを実感した。自分がどうしようもない人間だと思い知ったからこそ、自分を受け入れてくれる人にものすごいありがたく、感謝の気持ちが湧いてくる。40年近くかかったけど、自分が他者のためにがんばれる舞台を見つけた気がした。誰かのために生きたいと、恥ずかしがらずに素直にもっと早くなっていたらよかったなと思った。
そしてぼくの周りにいる人たち、いつもありがとう。おかげさまです。
フェリーニの「道」という映画に出てくる台詞が好きだ。
「この世で何も役に立たないものはない。この石ころだって何かの役に立ってる」
好きな落語家はと聞かれたら、三人いる。
古今亭志ん朝、立川談志、桂枝雀。
なぜ好きか。すげえのよ。すごいの。三人が三人とも違ったすごさがある。
聞くとわかるよ。
役者で演技をするとき、どう演じるかって考るかな?どうだろう。自分の台詞や動きって、連鎖で勝手に出てくるものだから、稽古場に行かないとわからないものだと思う。相手がどうくるかわからないから。せめて、相手のアクションを受け止めたアクションにしたいし、その後の相手のアクションを引き起こすアクションにしたいとは思う。
あとは、そこに在るだけでいいと思う。
それで、多かったり少なかったりしたら、演出が色を加えるから、そこに任せればいい。
自分も、演じてるフリをしたときに、やっちまったと思うことがある。そこにいない感じ。
そこに気付くかどうか。まずはそこから。