演劇は、中動態そのものだなあと思っていた。たまたま家の本棚から一冊とり、昔読んだ本を読み返していたら、同じことを言っていた。
内容をあまり覚えていない本なのに、思っていたことが書いてあると、嬉しい。本が身になっているのだなと感じた瞬間だった。
文字を書いていると、大概の文章は人に見せるものなので、おかしくないかとか、きちんと言いたいこと書けてるかなどが気になりながら書くことになる。さらに、こういったブログやSNSとなると、どういうふうに思われたいとか、どう書くといいねをもらえるかとか、また一つ言いたいことの周りにフィルターが覆う。
自分の中の本当のことが書けたという記憶がない。どこか浮ついていて、どこかで聞いたようなことを言っていて、文章のリズムに乗ってうまくまとめているかのように書いている。
何とか自分の中の本当のことが書けるようにがんばりたいが、ただそもそも、本当のことが何なのか、人に言いたいことがあるのか、自分と向き合っていきたい。
昔から考えることが好きだ。そして、知的欲求が大きい。本が好きだ。
本を読んで色んなことを知って、それは知識ではなく知恵となって体に降りてくる。それが心地よい。
この前、ラジオをかけずに、音楽もかけずに、無音で運転していた。考え事をしながら。何か回答が得られたわけじゃないが、頭の中でぐるぐると思いが巡って、それだけで心地よかった。考えているだけで、心が満足したのだ。そういえば考えることをしてなかったな最近、とも思った。
暇があれば本を読み、そして考え事をしよう。それが幸せだ。
何となく、これは大きいぞと思った。建物がきしむ音が大きくなり、職場は地下にあり、しかしかなり揺れた。大きな揺れの中、机の下に隠れて、死ぬときはあっけないんだなと覚悟を決めたりもしていた。職場は、東京の江古田という場所。震源地は、関東だろうと思った。千葉の近海か、神奈川か。しかし、ネットを見て動揺した。東北が震源地らしい。焦った。すぐに実家にメールをすると、無事なことがわかった。そのあとも、立て続けに大きな余震が続いた。仕事にならないので全員帰宅することに。電車は全部止まっていて、とりあえず江古田から中野までバスに乗った。中央線は、総武線も含めて止まっていた。家がある三鷹まで歩かないといけない。意を決して歩き始めたすぐ、中野駅近くにある小さな電気屋でテレビが流れていた。外からも見れるようなものだった。異常な光景がテレビの画面に映っていた。海が、波が、黒い水が、車も建物も、簡単に何もかも吞んでいた。ほうきでゴミを掃くように、陸の上のものを波が全部運んでいた。建物や車は抵抗することなく、それが自然な動きだというくらい流れていた。
何が起きているんだろう。大変なことが起きている。二時間くらい歩き続け、家に着いた。そのうち、妻も帰ってきた。二人でテレビに食いついた。ついこの前、籍を入れたばかりだった。そして1か月後に浅草で式を挙げる予定だった。東北にいる親戚をたくさん呼んで。これからどうなるのだろう。なにもわからない。なにがわかるかもわからない。そんな不安しかない夜。
そんな3.11。から15年。
土曜日に、さよならキャンプの公演に高校生のとき出てくれた子に会って話をした。とても話が盛り上がった。当時はほとんど話したことがないような気がするけど、色んな共通点を見出せたり、面白い気づきなどがあって、楽しかった。話の中で、自信のなさが新しい学びの吸収に繋がり、変化していく自分を常に持っていたいというところが共感した。何かを決めてしまったときに、自分が止まってしまう。常に変化していく勇気を持つことを頑張りたいと思った。
日曜日に去年の中高生演劇ワークショップの参加者の一人から打ち上げをしてますという連絡が入った。2ヶ月くらい経ってるので、打ち上げというかお久しぶりな集まりだろうなと思いながら、とても嬉しく思った。公演を終えた子どもたちは本当に劇的に変わる。演劇のフェーズが次の段階に移るというだけでなく、人間の味としてすごく味わい深くなる。次から次へとくる壁に、生きる滑らかさを得たようで力強くなる。それは演劇がもたらしたのだと言ってしまいたいところではあるが、理由はわからない。けれども、演劇を一緒にやる人たち、観にきてくれるお客さんとの繋がりは、きっと良い影響はしていると思う。
演劇をやり続けなくてもいい。これからたくさん変わっていって、なんとかやっていって、なんとかやっていけるんだなと感じてもらえたら、しめたものだ。楽しんで生きていってくれたら嬉しい。そんなことを思った週末だった。